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6月2日~3日 [トルコ旅行]

今日はいよいよ帰国の途に就く日。13:30のロビー集合まで自由時間がある。現地ガイドのイスマイル君とドライバーのクルテル君とは昨日別れたので(今回のバス走行距離は2,550㎞との報告)、今日は添乗員の芝池さんが希望者を市内見物に案内してくれる。市民愛用のトラム(路面電車)でタクシム広場から目抜き通りのイスティクラル通りをのんびりと終点のチュネル広場まで乗る。そこからガラタ塔まで散歩。

 ←トラムで一緒だった母子。割礼式に出かけるとか。

 

←ガラタ塔。高さ53メートルの展望テラスから360度市街の景色が楽しめる。

 ←ガラタ橋と旧市街方面。

 ←スレイマニエ・ジャミィ。オスマン帝国の絶頂期のスレイマン1世のモスク。天才建築家スイナンの最高傑作として名高い。

 ←金角湾にかかるアタチュルク橋を望見。

←ガラタ塔からガラタ橋に向かう街角のサクランボ売り。

←ガラタ橋の袂には魚屋が並んでいる。

 ←ガラタ橋の上は釣り人でいっぱい。

← ガラタ橋を渡り、初日に行ったスルタンアフメット広場近くの地下宮殿まで散策の足を伸ばす。ここはビザンチン時代の4世紀に作られた地下貯水施設。貯水池の長さは140㍍、幅70㍍。360本の円柱が28本ずつ一列に並んでいる、さながら宮殿のように見えるところから地下宮殿と呼ばれてる。一躍有名になったのは、貯水池の柱の礎石に魔よけとしてギリシャ神話のメドゥーサの首の彫刻が発見されたことから。

その後、スルタンアフメットからガラタ橋近くのカラキョイまでトラムに乗り、ここでチュネル(所要時間2分間の世界一短い地下鉄)に乗換えて、テュネル広場まで行き、さらにトラムに乗り継ぎタクシム広場に戻る。ここで軽くランチを取りホテルに帰る。

 ←ホテルに戻ると空港まで送る専用バスが既に待機している。

順調にイスタンブール・アタチュルク空港に着き、出国手続きを終えて、17:20発トルコ航空TK050で帰国の途へ就く。

おおよそ12時間のフライトの後に、成田空港に6月3日11時ごろ無事到着。入国手続きも早々に、荷物を空港宅配に頼んで、13時前には京成電鉄の乗客となる。長いようで短かった13日間であった。


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6月1日 [トルコ旅行]

先ずは、ドルマバフチェ宮殿へ。ボスフォラス海峡の岸辺にたたずむ姿から「水の宮殿」と呼ばれている。総面積14,000㎡の広大な敷地に、西洋風のトルコ・ルネッサンス様式で建てられた白亜の宮殿である。オスマン帝国の最後の輝きを象徴している。また、アタチュルクも、イスタンブールではここに滞在し、彼の終焉の地にもなっている。

 ←ドルマバフチェ宮殿の入口。

←ドルマバフチェ宮殿よりボスフォラス海峡を見る。

←この宮殿は1853年、トプカプ宮殿は旧式すぎると考えたスルタン・アブデュルメジトによって建てられた。広大な玉座の間を中心に、水晶の階段やアラバスターの浴室、4.5トンもあるシャンデリアなど、華美と奢侈の極みが尽くされている。

←1453年、コンスタンティノープル攻めに際し、メフメットⅡ世が70隻の軍艦を陸に揚げ、牛に牽かせて金角湾まで運ばせ、敵に奇襲をかけたという話は有名であるが、そこがこの地点である。それを描いた絵が数点展示されている。

 ←海辺の陽光があふれる庭園。

次は旧市街のエジプシャン・バザールに向かう。

 エジプシャン・バザールの入口。この2階は昼食を摂る予定の世界的に有名なレストランPANDELI。

←香辛料を取り扱う店が多かったのでスパイス・バザールの別名もある。

←レストランPANDELIの窓越しにバザールが覗ける。伝統的なトルコ料理レストランで,1901年創業。オードリー・ヘップバーンをはじめ各界の著名人がここを訪れている。

食後、グランドバザールに向かう。イスタンブールにある巨大な屋根付きバザールとして世界的に有名。迷路のように入り組む市場には5,000もの店がひしめき、あふれる商品が天井ちかくまで高く積まれている。

 ←バザールの入口は数ヶ所あるが、ヌルオスマニ門から入る。

 ←高く積まれた皮革製品。試しにベルトを買ってみた。最初に5千円と言っていたが、最後に2千円まで下げてくれた。

次に、清々しい天候の中、ボスフォラス海峡クルージングに出かけ、貸切観光船で約60分間ではあるが海からイスタンブールを見るドラマを楽しんだ。次々に近づいてくる海峡沿の有名な見所を揺れる2階デッキから撮影するのに忙しい。

 ←第1ボスフォラス大橋

 ←ドルマバフチェ宮殿

←オルタキョイ・ジャミイ

←ルメリ・ヒサールと第2ボスフォラス大橋

  ←ウスキュダル

 ←新市街の高層ビル群

←日暮のトプカプ宮殿

今晩がツアー最後の夕食になるので、ちょっぴりおしゃれをして、ホテル最上階にあるオスマン様式のレストランSAFRANで、伝統のトルコ料理をボスフォラス海峡の夜景を眺めながら頂く。トルコ音楽の生演奏も入り、最高の贅沢を楽しむことが出来た。

 


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5月31日 [トルコ旅行]

イスタンブールでの観光初日。まずは、専用バスでガラタ橋を渡り世界遺産の旧市街に向かう。ヒポドゥロームで写真ストップをとり、歩いてブルーモスクに向かう。

←ブルー・モスクの西側に広がる緑の公園ヒポドゥロームは、ローマ時代の競馬場跡。世界遺産に登録されたイスタンブール歴史地区の中でも、最も古く重要な場所で、コンスタンチヌス1世ら皇帝のゆかりの場所。現在残る3本のオリベスクは、その遺物として知られる。手前がエジプトから運ばれたテオドシウスのオリベスク。後ろがコンスタンチノーブルのオリベスク。この他に蛇のオリベスクがある。

 ←正式にはスルタンアフメット・ジャミィというが、モスクの内部彩る青いイズニック・タイルの美しさで知られ、「ブルーモスク」の愛称で呼ばれる。

 ←大ドームは高さ43メートル、直径約24メートルで直径5メートルもある4本の大きな柱で支えられている。さらに大ドームは4つの半円ドームで囲まれ、オスマン様式独特の美しい調和を生んでいる。

←イズニック・タイル仕上げの内部装飾。ユリ、チューリップ、カーネーション、糸杉などの図柄が青や緑、赤で描かれている。

次に、アヤソフィアへ。「聖なる知」の教会アヤソフィアは537年、ユスティニアヌス帝が建立し、それから1、000年間にわたってビザンチン帝国の宗教的中心であった。トルコ征服から500年間はアヤソフィア・モスクとして、イスラム教徒の祈りの場となり、1935年アヤソフィア博物館となった。

 

「 アヤソフィアは堂内を飾る美しいモザイクで知られているが、ユスティニアヌスの時代には図柄のモザイクはなかった。現在見られるモザイクは聖画像破懐期(イコノクラスム)以降、ほとんどが9世紀後期から10世紀のものである。何百年も漆喰の下に塗りこめられ、今世紀になって発見されて修復が行われたものだが、見る者に往時の耀きを想像させる。」(澁澤幸子著「イスタンブール歴史散歩」より )

 ←身廊に残っている最も美しいモザイク後陣の聖母子像。

  ←ビザンチン美術最大の傑作のひとつ、ディシス(誓願図)。14世紀初期。画面の3分の2は失われているが、キリスト、聖母、洗礼者ヨハネの表情はいまも鮮やかである。

←中央は聖母子、左右はヨアンネス2世と皇后エレーネ。

←南廻廊の東端にあるモザイク。右は皇后ゾエ、左は献金袋を持ったコンスタンティヌス4世、福音書を持ったキリストが祝福を与えている。

引続き歩いて、トプカプ宮殿へ。ここは単にスルタンの住居を兼ねた宮殿ではない。宮殿は行政府であり、帝国議会でもあった。宮殿内には公務員養成訓練所、病院、兵器庫、貨幣鋳造所からハーレムまであり、常時5、000人の人々が暮らしていたと言う。

←皇帝の門と呼ばれる第一の門から入場。 

 ←儀礼の門。

 ←ハーレムの塔。

 ←スルタンが私生活を楽しんだ皇帝の間。

←寵姫たちの居住区。

←タイルと象嵌で装飾されたアフメット1世の図書室。

 ←かっての厨房棟、現在は陶磁器展示室になっている。 

トプカプ宮殿はボスフォラス海峡と金角湾、マルマラ海が接するイスタンブールの第一の丘といわれる旧市街の高台に立っている。ヨーロッパ側の新市街も、アジア側も一目で見渡せる、イスタンブールを制覇する城塞として絶好の場所にある。宮殿の敷地は、海側を2㎞、陸側を1.4㎞にわたる城壁で囲まれている。ハーレムや宝物館をざっと見ただけでタイムアウトである。

昼食に向かう。新市街にあるBANBANZAIという日本食レストラン(2006年秋にオープンのイスタンブールで一番新しい日本食レストラン。ビジネス街のESENTEPEにある)で箱詰弁当をいただく。インターコンチネンタル・ホテルでの朝食はオープン・ビュッフェ・スタイルで、ごはん、味噌汁、鯖の焼き物、タクワンをチョイスできたので、めずらしく朝昼続けての和食になる。到着の少し前に降り出した雨も出発の時間には晴上る。

食後に、新市街にある軍事博物館に向かう。ここでオスマン・トルコ軍のイエニチェリ軍楽隊によるコンサートを見る(聞く)。日本人観光客に”さくら”の曲をプレゼントしてくれた。

今日の観光は早めに終了し、ホテルに向かう。ホテルでくつろいだ後、1人でタクシム公園横から繁華街イスティクラル通りを目指して散歩する。この界隈を1人歩きしていると、親しげに日本語で話しかけてくる人間が多い。気のない態度をしても、誘いが執拗で不安なので、早々にホテルに戻る。

 ←右がタクシム公園越しに見えるインターコンチネンタル・ホテル、左はタクシム広場にあるアタチュルクと同志たちが誇らしげに立つ独立記念碑。

 ←ホテルの部屋からボスポラス海峡とアジア・サイドを望見する。

 夕食は、ゲバブの名店DEVELIに出かける。マルマラ海を行き来する船を見渡しながら、気持ちよく食事を楽しむ。ゲバブもようやく慣れてきた。美味しく頂く。

 DEVELI。この一帯は夜遅くまで賑わう。 

 


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5月30日 [トルコ旅行]

チャナッカレの町は1、200メートルと狭いチャナッカレ海峡の入口にある。この海峡は、ヨーロッパとアジアの両方に接するエーゲ海とマルマラ海とを結んでいる。

 ←ホテルの部屋からチャナッカレ海峡を望む。

今朝も出発は早い。7時30分ロビー集合である。チャナッカレ海峡からマルマラ海沿いに古都ブルサに立寄り、最終目的地イスタンブールに向う。

ブルサは古くから開けたが、後にローマ人が押し寄せ、ビザンチン帝国の支配が続いた後、1326年にオルハン・ガーズィーが征服し、オスマン帝国の初代の首都になる。そのためここはオスマン様式の建築物が多数現存する。また、「緑のブルサ」として知られるように、この街には庭園や公園が多く、緑の平原も見渡せ、果樹栽培も盛んである。

 

 

イェシル・ジャミィの内部を見学する。初期オスマン様式の傑作といわれる壮麗なモスク。1412年にメフメット1世の命で建設。

 ←完成前にメフメット1世が亡くなったので、入口部分は未完のままとなる。

←内部は優雅な装飾が施されている。

←緑のモスクの名の通り壁は美しいライトグリーンのタイルで覆われている。

ブルサの伝統的な名産品は絹織物。バザールでは衣類などの店が並び綺麗。家内はスカーフを買う。

←シルクバザールの内部

昼食はレストランYUCE HUNKARでブルサ名物のイスケンデルケバブ(ヨーグルドを添えたゲバブ)を食べる。

 

←お土産屋が並ぶ一帯で可愛い軍楽隊に出会う。子供たちはポーズを盛んに取ってくれる。

ヤロワより専用バスと一緒にフェリーに乗り、マルマラ海を約60分掛けてイスタンブールに向かう。

今夜からイスタンブール新市街のタクシム公園近くの19建ての最高級ホテル「ジュイラン・インターコンチネンタル」に3連泊である。部屋は海側、豪華でゆったりとしたつくりである。日本人スタッフもおり、NHK TV放送もあり、日本人向けのサービスも充実している。忙しかったバスの旅の疲れも取れそうである。

夕食は、シーフード・レストランが集まるマルマラ海岸クムカプの人気店NEYZENまで出かける。

←ここでは街路までテーブルを置き、地元客で大喧騒。店内からトルコ音楽の生演奏も流れてくる。海老のオーブン焼き、鯛のグリルを賞味する。


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5月29日 [トルコ旅行]

今日は大移動の日。専用バスでエーゲ海沿いを走り、ダーダネルス海峡に面した小さな港町チャナッカレへと向う。

途中、ベルガマ(ベルガモン)遺跡に立寄る。ここはアレクサンダー大王の流れを受け継ぐフィレタイロスが紀元前281年にベルガモン王国を築いたところ。近代的な町を見下ろす丘に立つアクロポリスには名高い図書館や急勾配で印象的な劇場、トラヤヌス神殿、ディオニソス神殿、ゼウスの祭壇の基石などの遺跡が残されている。

←丘の斜面に造られた劇場。ベルガマの町を一望できる。

←青空に浮かぶ純白のコリント式列柱とアーチが印象的なトラヤヌス神殿。

 ←レンガを積上げた城の廃墟。

アクロポリスから川を隔てた対岸の丘の頂上に立つアスクレピオンは、ギリシャ神話の医術の神アスクレピオンに捧げられた聖地。伝説では、狩の途中で落馬したベルガモンの青年アルキアスがギリシャで治療を受け、医療を学び、故郷に戻り築いたところとされる。ラジウム泉による温泉療法、暗示による心理療法、観劇によるリザクレーション療法、投薬など当時の最先端医療をなんでも行う医療施設のようなところ。最近注目されるようになってきたホリステック医療のようなことが既に行われていたのではと思った。

 ←この聖なる道はアクロポリスまで続いたと言われる。

 ←現在でも欧米では、ヘビは医療を表現する意匠に使われている。

 ←座席数3,500と少ないが、付属劇場。

 その後、世界遺産トロイに立寄る。ホメロスが紀元前800年頃に書いた英雄叙事詩「イリアス」と「オデュッセイア」のトロイ戦争を信じたシュリーマンが私財を投じて発掘に成功した話はあまりにも有名。その後、考古学者らの発掘により、9つの異なる時代(紀元前3、000年~350年までの間)の集落と、城壁や家屋の基礎、寺院や劇場が発掘されている。伝説のトロイ戦争を記念して、トロイの木馬が立てられている。

 ←1番新しい第9市のものでアレキサンダー大王も紀元前334年にここで神々に供物を捧げたと言われる。

 ←窓から顔を出して記念撮影。

夕刻、チャナッカレ郊外住宅地の海岸に立つコリン・ホテルに着く。

 ←ホテル・レストランからの夕景。チャナッカレ海峡の向こうはヨーロッパ・サイドの半島。

夕食後、ホテルと道を挟んで向い側にある大きなスーパーKipaに雑貨を買いに出かける。数日前に引いた風邪が良くならず、ツアーメンバーのYさんから総合感冒薬と抗生剤をいただく。


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